【立ち会い出産体験談】夫にもできることはある ~夫婦で迎える奇跡の瞬間~

出産後の赤ちゃん新生児

こんにちは、しみたくです。

本日3月1日 元気な男の子を授かりました。
2月28日の午前2時に最初の陣痛が来てから出産まで27時間に渡る長丁場でしたが、無事にお産を見届けることができました。

妻の希望(希望されなくても自ら希望したが・・)で立ち会い出産しました。自分の想像を遥かに超える大変さで、本当にこのまま赤ちゃんに会えるのかとても不安でした。でも最終的には立ち会いができて本当に良かったと思っています。

この気持ちが消えないうちに、立ち会い出産の体験について書いておきたいと思います。立ち会い出産を考えている夫婦や控えている旦那さんの参考になれば幸いです。


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立ち会い出産体験談 私と妻に関する基本情報

妻と私の基本情報がこちらです。
 
基本的な情報

出産場所:十三市民病院
出産予定日:2019年2月25日
年齢 私:27歳、妻:29歳
出産経験:なし(初産)
職業 私:会社員(平日9時~18時の一般的な務体系)
   妻:専業主婦
家族:愛知県在住(出産日は来阪予定)

ちなみに十三市民病院は陣痛の待機室は4人部屋でした。

立ち会い出産体験の記録 

陣痛が始まってから元気な赤ん坊を出産するまで、こまめに携帯でメモを取りながらできるだけそのときの感情をそのままにお伝えしたいと思います。

0時間(陣痛開始)~4時間の出来事

特に兆候もなく、一日を普通に過ごす

2月27日 夕方:
いつもどおり会社から帰宅し、いつもどおり過ごす。
特にお産が近づいているような兆候はなく、妻とともにリラックスして過ごす。

最初の陣痛が始まる。ただそこまでの痛みではない。

2月28日 2時:
妻がお腹が痛くて寝られないようだ。ただ普通に会話はできるし、そこまでの痛みではないため、もう様子見することにして、再度就寝。

4時:
やはり妻はお腹の痛みは引かないみたいだ。ただ、陣痛の間隔も10分以上で病院に行く間隔ではないため、どうしようか考えているうちに、ウトウトして再度眠りにつく。

5時:
痛みが強くなり、耐えきれなくなった妻に再び起こされた。ここまでくると、さすがに私も不安になってきたので、病院に電話してみた。
すると、「念の為一度病院に来てほしい」とのことだ。急いで準備を始めた。

6時:病院に到着し、早速診察することになった。 別の赤ちゃんの鳴き声が遠くの方から聞こえてくる。少しづつだが出産の実感が湧いてくる。
陣痛の強さには変わりがない。定期的にお腹が痛いようだ。ただ、テレビやドラマで見るような強烈な痛みではない。これは長い一日になりそうだと思った。

6時間~20時間までの出来事

入院が決まり、部屋に入る。子宮口はまだ2cm

6時15分:
入院が決定し、部屋に入った。陣痛の間隔次第では一度帰宅をさせられる妊婦さんもいるという話をきいていたので、入院と聞いたとき、少しづつだが、お産が近づいていることを実感した。 
赤ちゃんの心音とお腹の張りをみることができるモニターをお腹に貼り付け、入院用のベッドでこのまま様子を見ることになった。

陣痛モニター

検査の結果、子宮口は2cmしか空いていない。生まれるには10cm近く開く必要がある。これは長い戦いになりそうだと思った。

すぐそこの分娩室では別の妊婦さんがお産真っ只中で、絶叫が部屋中に響き渡っており、緊張感が一気に高まってきた。この絶叫は20分近く続いた。 
私は静かに聞いていると、別の妊婦さんのいきむ声も耳に入ってきた。私達以外に2組の妊婦さんがいて、それもお産真っ只中である。なかなかすごい状況だ。遠くからは赤ちゃんの泣き声も聞こえてくるし、気持ちが全く落ち着かない。

6時は30分:
どうやら、1人目の妊婦さんの赤ちゃんは無事に生まれたようだ。 妊婦さんと看護師さんの安堵の声と赤ちゃんの元気な泣き声が分娩室の方から漏れてきた。なぜかこっちも感動していた。

陣痛が遠のく、束の間の休息

7時00分:
ずっと続いていた陣痛が遠のいてきたようだ。

7時30分:
トイレに行くため、モニターを一旦外した。妻は、モニターを付けている間は仰向けだったので比較的楽だったみたいだが、起き上がるとお腹が張ってきて痛くなると言っていた。

8時30分:
朝ごはんの時間になった。お世辞にも美味しそうとは言えないが、妊婦さんの健康には配慮された食事みたいだ。

9時 00分:
再び心拍測りはじめる。陣痛は8分間隔できていたが、妻の様子からはそこまで痛くないみたいだった。

流石に前日から殆ど寝ずに朝をむかえているため、私はここで少し仮眠を取ることにした。

10時30分:
仮眠を取り、少しだけスッキリした。妻も少し眠れたようだ。一旦院内を歩いたり、本を読んだりして、ちょっとリラックスした。ただ、陣痛は定期的にやってくる。そのたびに妻がお腹を押さえる。助産師さんがしきりにシャワーをおすすめしてきたことが印象的だった。

陣痛が再び強くなる。ここからが長い戦いの始まり

11時30分:陣痛が再び強くなってきた。間隔は長く、10分間隔だ。妻の様子から、陣痛がかなり痛みであることを感じた。背中をさすることぐらいしか自分にはできないことがとても歯痒い。もっと力になってあげたいが、夫にできることが少ない。

12時:昼食が配膳された 。私はコンビニで弁当を購入し、妻と一生に部屋で食べた。10分間間隔で陣痛がくるため、妻はそのたびに箸を止める。昼食も一苦労だ。

30秒程度の激痛と10分の休憩、これをひたすら繰り返す。

14時:再度モニターをつける。陣痛は相変わらず痛そうだが、間隔が15分と少しつづ長くなってきた。

15時 :陣痛の間隔が再び10分間隔にもどる。すこしでも妻をサポートするため、陣痛がきているときに妻の手を握ってみた。爪が突き刺さるほど恐ろしい握力だった。陣痛の痛さがとんでもないことを実感した。

16時: 陣痛は7分間でずっと継続している。ここで満を持してテニスボールを使い始めた。妻曰くこれはかなり楽になるみたいだ。 痛みが半分ぐらいになると言っていた。

16時30分:妻の両親が愛知から駆けつけてくれた。しかし十三市民病院の陣痛室の一人しか付添いができないため、待合室で待機してもらうことに。

17時:陣痛の間隔が4分まで縮まってきた。陣痛(30秒ぐらい)→休憩(4分)をずっと繰り返す。
私は陣痛が来ている間はテニスボールを股の下のほうに押し当てながら、うちわで顔を仰ぐ。陣痛のが100倍辛いと思うがこれはこれで結構疲れる。

ここまででお産は半分ぐらい、気が遠くなるが、夫が弱音を吐いているときではない。

17時20分:
助産師さんに定期的に様子を見てもらっているが、まだお産の半分ぐらいと言われた。正直、気が遠くなりそうになった。しかし、夫である自分の心が折れている場合ではないと自分を鼓舞した。

17時30分:
陣痛と陣痛の間の時間での妻の元気がなくなってきた。 ここまでは間の時間に会話やスマホを触ることはできていたが、それすらできないほど疲労が溜まっているのが見て取れる。
「お腹を雑巾みたいに絞られる」そんな痛みだそうだ。そんな激しい痛みと戦う妻に対して、自分はうちわとテニスボールを押し付けることによって筋肉の疲れている程度だ。何かもっと妻の助けになることをやってあげたい気持ちはあるのだが、これ以上にできることがなくて辛い。少しでも痛みを分けてもらえればいいと思うが、そんなことはできない。

17時40分 :
陣痛の痛みは徐々に凄みを増しており、あまりの痛さについに妻から声が漏れ出した。これでまだ半分程度と思うと本当に恐ろしい。

18時00分:
状況は全く変わらない。陣痛(30秒)→休憩(4分)→ 
陣痛(30秒)→休憩(4分) ずっとこの繰り返しだった。
妻は大量の汗をかいていた。ここでシャワーを勧められた意味がよくわかった。 しかし、こうなると部屋を出ることすらままならない。シャワーなんてもっての外だ。

私は一旦帰宅し、シャワーを浴びる。妻の両親に心から感謝

18時20分:
夕食が配膳された。
ここで一旦、妻の母親と交代して、自分は自宅にシャワーを浴びに帰ることにした。大したことはしていないが、9時間も同じことを繰り返すのはかなり疲労がたまるし、汗もかく。両親がいなかったらシャワーを浴びることができなかったので、それだけでも来てくれたことに感謝をしたい。私は帰りに弁当を購入し、病院で食べた。

19時40分:
妻のところへ戻った。帰宅する前でさえ尋常じゃない痛みにみえたが、更に強さを増しているようだ。顔からも相当な痛さであることが犇犇と伝わってくる。あまりの痛さで夕食は全く食べられなかったみたいだ。

陣痛対処の定番テニスボールも押し付け過ぎてもはや、逆に痛くなってきていると言われた。別の方法でなんとか痛みを緩和させたいが、本当に夫のできることがなくない。 ただ妻のそばにいる、これが唯一のできることだと悟った。

陣痛も12時間を超え、いろんなところに限界が

19時50分:
陣痛の間隔が長くなってきた。10分程度だ。妻の疲労もピークに達しており、空いた時間で寝落ちしてしまいそうと言っている。

20時00分:
妻の体温が37.7分まで上がっていた。夕食がほとんど口にできていない上、水分もほとんど取れてないことが原因のようだ。
緊急で点滴での栄養補給をすることになった。

20時10分:
十三市民病院は4人部屋だが、他の妊婦さんが誰もいなくなったため、助産師さんが特別に仕切りを開放してくれた。仕切りのせいで湿気がこもり、かなり蒸し暑くなっていたため、これだけでもかなり楽になった。
妻は便意が気になってきたが、トイレに何回行っても全く出ないみたいだ。陣痛の痛さに便秘の痛さ、どっちも知らない自分には到底想像つかないが、恐ろしいものであることだけは容易に想像できた。

20時30分:
点滴開始するもなかなか注射がきまらない。脱水症状が出始めているからみたい。こんなときに何回も注射を刺し直す羽目に。見ているだけで辛かった。

20時50分:
妻は便意に耐えられず、点滴を中断し、トイレへ、トイレでもなかなか便は出ず、その間にも陣痛がやってくる。トイレから漏れる悲鳴にも似た妻の声を聞くのは本当に辛い。ベッドの上では大便がでるとまずいため、便が出ないように必死に我慢をする。頑張らないと出てしまいそうなぐらい苦しいのに、トイレに入ると一転して便が出ない。あまりにも不思議だ。やっぱり大便が出ない、でもトイレから出ようとして歩きだすと、便意が襲う。そんなジレンマに苦しむ妻を見ているのが本当に苦しかった。

21時30分 :
状況は一向に良くならず、ひたすら激しい陣痛が続く。

22時00分:
ベットで横になると便意が襲うため、座って陣痛に耐える。疲れからくる眠さと、時折訪れる陣痛、便意にひたすら耐える。何度もそれを繰り返す。外からは元気な赤ちゃんの泣き声響いてきた。うちの赤ちゃんも元気な鳴き声聞かせてくれるかな?そんなことを考えながらひたすら耐え続ける。

20時間~25時間までの出来事

22時20分:
ここでもう一度診察をすることになった。
結果は、かなり子宮が開いてきてる(5cm)みたいだが、正直分娩ができる大きさではないとのとこ、それに加えて赤ちゃんが高いとこにいるようだ。まだまだ終わらないことを覚悟した。

22時30分:
まだまだ生まれるには時間がかかるとのことで、妻の両親には一旦私の家に帰ってもらうことにした。待合室は暖房もないし、ただ待つのも辛いため、一度リフレッシュしてもらったほうがいいと助産師さんからアドバイスされたからだ。

このまま様子を見ることになった。出産はこれからが本番というのに既に24時間以上が経過している。助産師さんから「本番の体力は残しておいて!陣痛と陣痛の間の短い時間でもいいので仮眠を取るように」との指示があった。もちろん妻だけじゃなくてサポートする旦那も同じように休憩してほしいとのことだった。

少しでも体力を蓄えるために仮眠をとる。でも陣痛は楽にさせてはくれない。

ここからは、陣痛が来ては妻の背中をさすり、一緒に深呼吸をする、それをずっと繰り返す。それが私にできる唯一のことだった。

正直、本当に眠かった。 しかし夫用の寝床なんてものはもちろんない。
妻のベットの上に座りながらチャンスがあれば少し寝ることにした。ただ、寝てしまうと妻の陣痛に気づけないという怖さもあった。 
きっと妻は私が寝ていたら起こすかどうか迷ってしまうだろう。こんなにも苦しい思いをしている妻の負担を増やしたくはなかった。

私は妻の手を握ったまま仮眠をとることにした。妻は陣痛のたび、条件反射的に強く手を握る、それなら妻の陣痛を逃すことはない。自分に対してできることはない。でも対してできることがないのであれば、できることを全力でやってあげたい。一緒に赤ちゃんを迎えるってこういうことだと思った。

25時間~出産(27時間)までの出来事

陣痛の合間で少しでも仮眠をとる。この時間が永遠に続くかと思った。

3時00分:
少し寝る→陣痛で強く握る手で起きる→妻の背中をさする。これをひたすら繰り返す。一体、この繰り返しに終わりはくるんだろうか。先の見えない長い迷路をさまよっている気分だった。

強めの陣痛!ついに時間が動き出す!

5時20分:
かなり強めの陣痛がきたようだ。妻は下部に違和感を感じたみようで「頭出てない?」と言われ触ってみるが、私にはわからなかった。

5時30分:

トイレに行くため一旦ベットを立つ。ここまで来るとトイレに行くだけでも大変だ。

5時40分 :
トイレに入り、数分経った。助産師さんが飛んできた。どうやらトイレ内で妻がナースコールを呼んだみたいだった。助産師さんが確認すると本当に赤ちゃんの頭が出てきてしまっていたようだ!!

急いで分娩台に向かいたいのだが、陣痛がピークに来ているため、妻は全くと言っていいほど動けない。陣痛と陣痛の間隔の一瞬の隙をついて、分娩台への移動に成功した。

急いで分娩台へ!赤ちゃんはすぐそこに!

もはや赤ちゃんは出てくる寸前、助産師さんが大急ぎで分娩の準備を整えている。「でちゃう!」と叫ぶ妻に対して、「もう少し我慢して」と準備を急ぐ助産師さん、そんなやり取りの中、私は急いでビデオカメラの準備をすると助産師さんに「ビデオなんて撮ってる場合じゃないでしょ!妊婦さんの力になってあげなさい!」と助産師さんに怒られてしまった笑。

妻に産まれる瞬間をビデオに残してほしいと言われていたため、ビデオを準備していたのがだ、助産さんにそう言われれたらカメラは回せなかった・・。

どうやら赤ちゃんの心拍が弱いようだ。酸素を取り入れるため私は妻の隣で一緒に深呼吸をする。酸素マスクをつけた数秒後・・・

待ちに待った赤ちゃん!感動の瞬間!

妻の下半身越しに、赤ちゃんの頭が姿をあらわした。どうやら左手とへその緒が絡まり、酸素の循環を妨げていたようだ。

次の瞬間、にゅるりと赤ちゃんがでてきた!
やっと会えた!待ちに待った赤ちゃん!

赤ちゃんが生まれた瞬間は感動と妻への感謝の気持ちでいっぱいだった。
こんなに小さくて大きな赤ちゃんを死に物狂いで生んでくれた。
「よく頑張ったね!」そんな言葉をかけてあげた。

超絶安産で助産師もビックリ!

なんと分娩台にいた時間はたった3分!超絶安産で助産師さんも本当に初産?と何度も聞いてきた。

分娩はあまりにも短かったが、やっぱり子供の顔が見えたときは感動した。涙が出そうになったがそこはなんとか我慢することができた。別に我慢する必要もなかったが。

体重は3222g、身長は47.2cmの立派な赤ん坊だった。 
生まれてから2時間は妻の上で赤ちゃんは妻からいろんな菌もらうカンガルーケアをするのが十三市民病院のルールみたいだ。

こんな形で妻と私の長い長い出産が終わりを迎えた。
眠気も疲労もピークだった。付き添いの自分がこの疲労度なのだから、妻の疲労はきっと尋常ではない。

本当に「お疲れ様」そして「ありがとう」

出産直後の赤ちゃん
出産直後の赤ちゃん

立ち会い出産を体験して思うこと

旦那が近くで支えることの意味

立ち会い出産をする前には”出産って女性がするもんだし、全然やることないなー”とか思っていました。でも実際に立ち会ってみて気づいたのは、
”旦那にも十分やることがあるし、役に立てる”ということです。

確かに、陣痛に苦しむ妻を前になにもできないのは事実です。僕がやっていたのも、背中をさすりながら一緒に深呼吸をする、これだけです。たったこれだけですが、何時間もこれをやり続けるのってめちゃくちゃ大変です。

妻は信じられないほどの痛みと長時間戦います。
旦那さんにできることはそんな妻を一人で戦わせないことです。ずっと隣で見守ってあげることで、少しでも精神的な負担を軽減させ、陣痛と向き合える環境を作ってあげましょう。

きっと妻にとっても自分にとってもかけがえのない大切な思い出となるはずです。

とっても長くなりましたが、
最後までご愛読ありがとうございました。

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